基調講演「語り合うことの大切さ」上出良一先生

コチラの記事は、アトピー性皮膚炎の患者会「アトピーフリーコム」の会報誌第32号に掲載されたものです。


「語り合うことの大切さ」上出良一先生 講演会

上出 良一 先生(ひふのクリニック人形町 院長)

2016年9月18日(日)、アトピーフォーラムin豊富2016 の基調講演「語り合うことの大切さ」が行われました。講師は、ひふのクリニック人形町の院長、上出良一先生です。講演の概要をお伝えします。

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アトピーカフェ(当初はアトピーフォーラム)を1995年から始めて、現在は月一回ですが、地道に開催を続けています。

私は石川県小松市の生まれで、母が名湯山中温泉の出身でしたから、生まれたときからその温泉に浸かっていました。学生時代も温泉が好きで東北地方などに行っていました。フランスにはアベンヌ温泉という温泉があります。アトピー性皮膚炎や乾癬の患者さんたちと一緒に行ったこともあります。

dsc_0896皮膚という臓器は、広さは畳一枚分くらいで、体を守っています。外部から影響を受けますし、疲れたりすると、内部の影響も出てきます。皮膚も脳も外胚葉に属し、発生学上は同じです。皮膚は目や耳などと同じ感覚器官で、身体全体を覆っています。皮膚に入ってくる痛みや熱さ、痒みなどは、脳に伝わって身体が反応します。逆に脳にプレッシャーがかかると、皮膚にも影響が出てくることもあります。ということで、皮膚は、外部環境と内部環境のインターフェイスとして存在しており、脳の出張所のような役割で、いろいろなストレスの影響を受けやすい臓器です。

さて、「以心伝心」という言葉があります。語らなくてもお互い分かり合えるということです。私の妻に話したら、「夫婦でも以心伝心なんてこれっぽっちもないよ」と言われてしまいました。あなたはわかっていても私はわからないという場合や,その反対もあります。やはり物事は口に出して、たとえば、「愛してる」とか、「おいしい」とか言わない限り、思っていることは伝わらないと。夫婦でもそうですから、会社などでは、ちゃんと言わなければもっと伝わらない。ということで、夫婦でも語り合わないといけないな、と思いました。

dsc_0897話は変わりますが、『赤ひげ診療譚』という山本周五郎さんが書いた小説があります。「赤ひげ」には下町の診療所で庶民のために医療を施す、患者さんのために働くという良いイメージがあるかと思います。私は大学にいるときに、入学試験の面接委員を委嘱されたことがありました。面接で受験生に赤ひげとブラックジャック(手塚治虫作)どっちが好きか、赤か黒かと聞いてみたことがあります。すると、「ブラックジャックはマンガで知っているけど、赤ひげは知りません」という子もいて、時代の差を感じて、そういう質問をすることも少なくなってきたわけですが、今でも日本医師会では赤ひげ大賞として、全国的に地域医療に貢献した医師を表彰しています。

さて、赤ひげは、連載小説でしたからいくつかの章に分かれています。「狂女の話」、これは加山雄三が演じる保本登はこれからエリートになる若い医者で、長崎に医術を学びに行きます。今でいうと海外留学ですね。そこで一生懸命勉強して、戻ったら幕府の重要な地位につけるつもりでいたのです。ところが、自分の意思に反して、小石川養生所というところに派遣されてしまいました。汚く、臭いところで、そこは無料で診てくれるところで、外来もやっているし、往診もやっている。そこに入れられて、保本登は腐ってしまうんです。あるとき、変な女のひとが座敷牢に入れられていて、ある時,保本登は薬を飲まされて、その女にうっかり殺されそうになりますが、赤ひげに助けられます。最初は赤ひげに反発していた保本ですが,恥ずべきことを公にしなかった赤ひげのことを少し見直すことになります。その変になってしまった女のひとというのは、少女のころ、男の人にいたずらされ、それがトラウマになって、男の人に言い寄っては殺すということを繰り返していました。ほかには、「駆込み訴え」、「むじな長屋」、「三度目の正直」、「徒労に賭ける」、「鶯ばか」、「おくめ殺し」、「氷の下の芽」など、今でいうDV、自殺、甘やかせすぎ、一家心中、貧困のどん底、地上げ、人工妊娠中絶などの社会問題が絡んだ,病人の人生が取り上げられています。

こうしたいろいろな病気の人がいるなかで、赤ひげは保本を往診などに連れていくわけですが、若い医者に病人やその家族の背景を聴き取らせます。そういう中で若い医者が育っていきます。赤ひげは腕力もめっぽう強くて、やくざに絡まれてもぶん投げて骨折させてしまうほどでしたが、鼻持ちならない傲慢な若い医者が、次第に赤ひげに惹かれていき、最初はこんなところには居たくないと言っていたのが、最後には置いてくれと言い出し、赤ひげは「後悔するぞ」言うのですが、「いえ居ます」というところで終わっています。ですから、赤ひげ診療譚は単に地域医療に献身的な働きをした医者の話というのではなく、医療にまつわる人間模様の裏側を見せながら、若い医者を育てていくという小説です。

「医は仁術」ということがよく言われます。医師の倫理として大事なことですが、最近は「医は算術」とからかわれたりします。赤ひげは「医が仁術だなどというのは、金儲けめあての藪医者、門戸を飾って薬札稼ぎを専門にする、似而非(えせ)医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽するために使うたわ言だ」と言うのですが、実は、なかなかしたたかな面もあります.小石川養生所というのは幕府の管轄で、幕府も経済事情が厳しい中で、予算を減らせとか、外来診療をやめろとか言ってきます。赤ひげその仕打ちに怒りながらも,お金が足りなくなってくると、裕福な商人とか大名たちの弱みをつついてちょっと脅す、そうやって30両とか、50両とか出させる、というようなこともやります.なかなか綺麗ごとでは済まされない現実があります。慈恵医大も昔は施療といって、とりあえず電車賃さえあれば、行ってただで診てもらえるという診療部門がありました。今は健康保険制度もできて、施療病院というのはありませんが、赤ひげ=医は仁術、という訳ではないということです。

赤ひげがそういう中で繰り返し言っていることは、「貧困と無知」です。これが医療の周辺にいつもあります。赤ひげは、江戸時代末期の話で、今では一応セーフティネットがありますから、それほど実感がわかないかもしれません。無知に関連して「リテラシー」という言葉があります。インターネット・リテラシーとかいいますね。イリテラシーというのは、リテラシーではないことを意味し、字が読めないこと(文盲)ですが、リテラシーというのは逆で、要するに、知識を得て、整理して、自分のために活用する、そういう能力を言います。たとえば、ヘルス・リテラシー。情報はインターネット上などに溢れるばかりありますが、それを全部鵜呑みにするわけにはいきません。どこかで判断していかなければなりません。私はインターネットの無い時代に育ったので、まずは相手の話を聞くことから始まりました。もちろん、新聞や雑誌などマスコミはありましたが、一定の規制がありました。しかし、今はインターネット上で、誰でも自由に何でも発信できて、よほどのことが無い限り制限がありません。今の人たちには、最初からそれが周りにあるのです。インターネットは、最初アメリカの国防策として始まり、そのうち一般にも開放されました。私もインターネット・フォー・メディスンという本を書いたこともありますし、電子掲示板では書いたことが、今でいう炎上になったこともあり、いろいろ経験しました。匿名でやる世界ですから本当に怖い。ということで、情報に関するリテラシーというのを今後は高めていかなければならない。ポケモンGO!も、うまくやれば一定の人数を一定の場所に集めることができます。しかし、上野公園の不忍の池の周りをワーッと人が走っているのを見ると、非常に怖さを感じます。

リテラシーを高めるには生身の人間がface to faceで話し合う、語り合うということがなければ実感がともないません。ネットにこう書いてあるからいい情報だと、そうなりやすい。ネットというのは一つの手段であって、そこからどう情報を抜き出し役立てるかが問題です。インターネットのおかげで医学情報のデータベースを簡単に検索することができるようになりました。私の若い頃は分厚い索引誌で探して、ついでに面白い論文を見つけたりして、それはそれで有意義だったものです。今は大量の情報の中から信頼できる論文を選んで読みましょうということです。

根拠に基づいた医学(Evidence-based-medicine,EBM)という概念が出てきたので、いろいろなものの標準化がやりやすくなりました。EBMとは「入手可能な範囲で最も信頼できる根拠を把握したうえで、個々の患者に特有の臨床状況と患者の価値観を考慮した医療を行うための一連の行動指針」という考え方です。しかし,波線の部分が今のEBMでは完全に欠落しています(EBMはイギリスで医療費を削減するために、本当に根拠のある治療だけをやっていこうとした)。ということで、NBM(Narrative-based-medicine)という概念が出てきました。ナラティブとは、簡単にいうと、その人の「語り」です。「履歴書」、「身の上話」です。皆さんは就職の時に履歴書を書いたことがあるかと思います。一身上の都合により、が繰り返されたりするんですが、その裏にある何で会社を辞めたのかが気になります。私も大学を止めて個人経営者になったので、従業員を採用する時に必ず履歴書を見ます。やはりその間(あいだ)を聞きたい。どんな仕事をしていて、どういうつもりでそれをやっていたかなど、字面だけ読んでいてはわからない。1年ごとに仕事を変わっていれば何かあるのかなとか思うわけです。この間(あいだ)を貫くのは「身の上話」になるわけです。日経新聞に「私の履歴書」というのがあり、あれはあれで面白いですね。自慢話みたいな人もいますが、間の経緯を書いてあるわけです。会社に入って倒産しそうになったけど頑張った、いろいろあった、そのいろいろがナラティブです。

人は人生における様々な段階でいろいろな経験をします。それをその人なりに「意味」づけをしますが、この「意味」づけが大事です。そして、それに照らして次なる「行動」をとる。この経過、ストーリーがすなわち「物語」と考えられます。

今、NHKの大河ドラマで真田丸をやっていますが、いろいろな出来事(事実)の間(あいだ)をどうつなぐかが作家の実力で、より面白く楽しめるようにしています。それと同じように、皆様方にも、これまでの人生における出来事が事実としてありますが、それをどうつなげていくかがとても大事です。子供の時に1回自叙伝を書いて、大人になってもう一回書いてみると、変わっている可能性もあります。カウンセリングというのは、患者さんのお話を聴きます。患者さん(クライアント)がいろいろ話しているうちに、話の筋の付け替えが起こりることがあります。語るということを繰り返すことによって自分の履歴書の書きっぷり、間(あいだ)のつなぎが変わる可能性が出てきます。それがとても大事な事になります。そういうことをうまく使って医療をするのがNBMです。精神的に病んでいる方の中で、めちゃくちゃな妄想を言う人がいます。その妄想に寄り添って話を聴くことだけでも、いい影響が出る場合があると言われています。認知症のお年寄りがわけのわからないことをおっしゃって、狂暴になったりする。しかし、繰り返し聴いているうちに、お年寄りが穏やかになるということが現場ではよくあります。ということで、慢性疾患の治療では、患者さんの価値観、人生観に寄り添っていくことが大事です。

昨日、アトピーの患者さんたちが、ワークショップを6つのグループに分けて行っていました。仕事や恋愛、子育てとか、5,6人ずつに分かれて話し合いをされていました。私は横で聴くという立場にいたのですが、2時間くらいでしたか、皆さん一生懸命話されていました。私は聴いていただけなのですが、あれは疲れますねぇ。だから臨床心理士の方は本当にえらいと思います。相手を知ろうと興味をもって聴くということが大事です。段々姿勢が傾いてくる、だから傾聴というのですが(笑)、聴くだけというのは大変。つい、一言いいたくなってしまいます、私ならこうだとか。最後に立ち寄ったグループで、我慢しきれず、つい言ってしまい、トレーニングが足りないなと思ったのですが、2時間人の話を聴くというのは大変なことです。語り合うときには、真正面ではなく、並ぶか,90度くらい横を向いている方が話しやすいですね(例、公園のベンチ)。クレーマーの方に対応するとき、私は真正面ではなく、必ず90度。横に坐って対応します。斜向かいにチラ、チラっとみる程度が対決感をなくす上で良いようです。

dsc_0906話がアトピーのことになってしまい恐縮ですが、一つの事例としてお聞きください。アトピー性皮膚炎のガイドラインでは、当初から心身医学的なアプローチが大事であると書いてありましたが、今年さらに書き加えられました。いろいろなストレスが原因となって悪くなることがあり、心身医学的な配慮が必要な場合というのは3つに分けられています。一つ目がまさに社会的なストレス,プレッシャーなどが病気を悪化させ,再発させやすい原因になっている場合。ストレスにはライフイベントとデイリーハッスルズがあります。ライフイベントとは、大きな出来事。身近な人がなくなるとか、大きな病気をする、事故にあう、昇進するとか、結婚するとかです。しかし、意外に厄介なストレスは日常的に継続する、たとえば残業が多いとか、嫌な人間関係などが強い影響をもたらします。ふたつめは、皮膚症状がひどくなってしまうと、外から見えますので気にしたり、社会生活がつらくなってさらに悪循環となってしまいます。病気が生むストレスですね。さらに高じて、難治になると、もういいや、私はとやかく言われたくないと、殻に入ってしまう。治療薬や医療そのものを否定する、セルフ・ネグレクト。私は私の道を行くということで、医療の枠から離れてしまう。ひきこもりなども似たような状況です。こういう構造がバラバラにあるわけではなく、相互に関連し合っているということです。

医療の枠から出てしまった人をどう普通の生活に戻すのか、医療者だけではどうすることもできないので、その辺りに豊富温泉の意義があるのかなと思います。医療を受けるとか受けないの問題ではなく、その人なりの納得できる人生になるべく戻るようにすることが大事です。

(~ここから症例。省略~)

今、統計でもアトピー性皮膚炎は20歳以上の方が6割で、皆さんそれぞれ複合的な悩みを抱えておられますが、それを語ってもらうことが大事です。それから家庭の問題。最近は大人の患者さんに対するお母様の過干渉というのが目につきます。お母様は子育ての責任を強く感じておられますが、子供はそれぞれ独立しなくてはいけません。親の生き方、考えで、子供、といっても歳は大人ですが、の将来を制限してしまう、それが高じてひきこもり、ニートになると、私たち医療の世界からもよくわからない闇の世界となり、非常に問題があります。

ということで、江戸時代末期のことが描かれた赤ひげの世界、社会的な問題というのが現代でも病気の経過にも大きく関わってきます。

診療で話を聴いていると、より心の深いレベルの話になると、無意識に掻き出す方が多いのです。昨日のワークショップでもそうでしたが、掻きたくなるような話をするのが良いのかもしれません。自分が診察するときは全体の3分の2くらいの時間は話を聴いて、その後、どう治療していくかをお話しする。その後は定期的な受診で治療を継続していくことが大事です。

診察室以外での患者さんとの会では、私はアトピーカレッジとか講義形式の教室はあまり好きじゃなので、これまでアトピーフォーラムや、今はアトピーカフェという名前で、白衣を着ないで、皆様に輪になって頂いて行っています。フリートークで、人数は15名くらいまでですかね。昨日のワークショップくらいの5,6人がちょうどいいです。どんな話をしてもいいし、質問をしてもいい。そのうちに患者さん同士が話され始めます、そこが狙いなのですが、昨日のワークショップのような雰囲気を作っていければ良いと思いました。

ということで「以心伝心」の話に戻りますが、やはり人間同士話し合わないといけない。昨日も話し合われていましたが、ネット上のラインなどで表層的に無理矢理繋がってしまうということも問題かもしれません。どこかで切らないといけない。午後10時になったらお休みというように。(ここで藤澤先生が遅れて登場。)ダラダラ繋がる気持ちを切ることも大事です。生活習慣の話になってしまいますが、今のインターネットは非常に危険をはらんだものです。繋がるだけではなく、語り合うことが大事。以心伝心というのは、理想ではありますが、実生活では望まないほうがいい。そういう意味で私の妻は正しいのですが、そう言い切ってしまうのも面白くないので、やはり阿吽の呼吸をめざして、一緒にいろいろなことを経験したり、語り合う必要があるかと思います。ご清聴ありがとうございました。

(文責 アトピーフリーコム 有田省造)

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